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遅れてやってきた世紀末のような世相の今日ですが、私たちは負けません。 何があっても自分なりに少しづつでも前に進むのみ! その為には、力を抜いて、お気楽に! ゆっくりと急ぎましょう!!
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才谷屋龍馬

Author:才谷屋龍馬
なんじゃかんじゃの2008年にはもう飽きました。
楽しい2009年を迎えましょう!!



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【速報】第44代 アメリカ合衆国大統領決定! その名は・・・・【速報】
アメリカ国旗
龍馬
200px-Barack_Obama.jpg

なんと言う古(いにしえ)だろうか・・・

もう、300年・・・・

死んだふりまでして、日本を脱国した龍馬は、アメリカに渡り・・・・

やりまくっていた・・・

アメリカはデカイ! アレも大きかったが、龍馬も負けてはいない。

龍馬の精子の一つが受精し、更にその精子は新たな精子を生み、受精・・・

続きに続いた300有余年・・・

あいつはとうとう・・・

世界を変えるため、まともな世界に戻すため、またもや・・・・

変装の名人は、300有余年の時間をかけて

Barack Hussein Obama, Jr.として現れた。

正式には、来年、2009年の初頭にアメリカ合衆国大統領となる。

まったく・・・・

こりゃ、ホントに騒がしい、騒がし過ぎる年になるべ・・・・

でも、予告通りに、2009年は人類にとって素晴らしい年となることでしょう。





バラック・フセイン・オバマ・ジュニア(Barack Hussein Obama, Jr.[1], 1961年8月4日 - )はアメ
リカ合衆国の政治家。現在イリノイ州選出のアメリカ合衆国上院議員である。政党は民主党。現在、
唯一のアフリカ系アメリカ人の上院議員であり、選挙により選ばれたアメリカ史上3人目のアフリカ系
上院議員である。ただし母親は白人であるため、混血とも分類される。



【生い立ち】

ハワイ・ホノルル生まれ。父親はケニア生まれのイスラム教徒であり、母親はアメリカカンザス州
出身の白人である。イスラム教の戒律では(少なくとも建前の上では)ムスリムの子はムスリムで
あらねばならないとされているが、本人は現在キリスト教徒(プロテスタント)である。これにつ
いてオバマは自伝で「父はムスリム(イスラム教徒)だったが殆ど無宗教に近かった」と説明して
いる。実際には、ハワイにおいて白人である母親と母親の両親によって育てられたという出自であ
る[3]。6歳から10歳まで、母親と、再婚相手のインドネシア人の義父とともに、インドネシアに在
住していた経験もある。

コロンビア大学を卒業後にシカゴに渡りNPOに勤務した後、ハーバード大学ロースクールに入学。
アフリカ系として史上初の「Harvard Law Review」の編集長を務めた。

【政界に】

イリノイ州議会議員

卒業後シカゴに戻り、有権者登録活動(voter registration drive)に関わった後、弁護士として
法律事務所に勤務。またシカゴ大学ロースクール講師(lecturer)として合衆国憲法を講じていた。
人権派弁護士として頭角を現し、貧困層救済の草の根社会活動を通して、1997年にイリノイ州議会
上院議員に選出され2004年まで務めた。

合衆国上院議員
2006年連邦支出金透明化法案提出者として(左から2番目)

2004年には、対立候補を得票率70%対27%の大差で破りイリノイ州選出の合衆国上院議員に初当選
した。2004年のアメリカ大統領選挙では、ジョン・ケリー上院議員を大統領候補として選出した
民主党大会で「リベラルのアメリカも保守のアメリカもなく、ただ“アメリカ合衆国”がある
だけだ。ブラックのアメリカもホワイトのアメリカもラティーノのアメリカもアジア人のアメリ
カもなく、ただ“アメリカ合衆国”があるだけだ」。「イラク戦争に反対した愛国者も、支持し
た愛国者も、みな同じアメリカに忠誠を誓う“アメリカ人”なのだ」との基調スピーチを行い、
その模様が広く全米に中継されるとともに高い評価を受けた。

大統領候補
スプリングフィールドで立候補宣言を行うオバマ
ニューハンプシャーで遊説を行うオバマ

2004年以降、2008年アメリカ合衆国大統領選挙の候補として推す声が地元の上院議員や新聞などを
中心に高まっていった。本人は当初出馬を否定していたが、2006年10月、NBCテレビのインタビュー
に出馬を検討すると発言。翌2007年1月、大統領選出馬へ向けた準備委員会設立届を連邦選挙委員会
に提出、事実上の出馬表明となった。そして2007年2月、イリノイ州スプリングフィールドにて正式
な立候補宣言を行った。有権者に対し、建国当初のフロンティア精神へ回帰することを呼びかけ支持
を集めている。

出馬の演説で彼は「ここ6年間の政府決定や放置されてきた諸問題は、われわれの国を不安定な状態
にしている」と述べ、医療保険制度や年金制度、大学授業料、石油への依存度を、取り組みが必要な
問題として挙げた。グローバル資本主義に懐疑的であり、大量の失業者を生んだ新自由主義経済政策
のNAFTAに反対し国内労働者の保護を訴えるなど、ヒラリー・クリントンよりもリベラルな政治姿勢で
知られている。

外交政策に関しては一貫してイラク戦争に反対しているが、一方で治安が悪化しているアフガニスタ
ンやパキスタンなどにアメリカ軍の派遣を「増強すべき」と主張、左派だけ無く保守派への浸透も図
っている。また、「私が大統領に選出されれば国際的な核兵器禁止を目指す」とも発言しており、
「ロシアと協力し、双方の弾道ミサイルを一触即発の状況から取り去る方針だ。まずは、兵器製造に
転用可能な核分裂性物質の生産を世界的に禁止することから始める。そして、米ロ間の中距離ミサイル
禁止を国際的に拡大することを目指す」と具体的な内容にも言及している。

オバマが大統領に就任すると、建国以来初めてのアフリカ系アメリカ人(アフリカ系と白人との混血)
の大統領となる。2008年8月、オバマは副大統領候補として、上院外交委員長を務めるジョゼフ・
バイデン議員を指名した。

民主党大会最終日の8月28日、オバマはデンバーにて、彼の支持者の前で指名を受諾する演説を行った。オバマは「次の4年を過去8年と同じにしてはならない」「未来に向けて行進しよう」と呼びかけ、
党内の結束を呼びかけた。外交問題については、「粘り強い直接外交を復活させる」とし、「明確な
使命が無い限り、戦地に軍を派遣することは無い」と表明した。イラク戦争については、「責任を
持って終結させる」とした。共和党のジョン・マケインを、「ブッシュ大統領を90%支持してきた。
残り10%に期待するわけにはいかない」と批判した。オバマは、1963年のこの日にマーティン・ルーサー・キング・ジュニアが演説した時に語った「夢」についても話しており、キングが人種差別撤廃
への夢について語った話を踏まえて、「われわれの夢は1つになることができる」と述べた。

2008年11月の大統領選にて、オバマはマケインと対決する。

大統領予備選

大統領予備選の第1弾が行われるアイオワ州の地元紙(電子版)により、予備選直前の2007年12月に
行われた世論調査では、支持率がヒラリー・クリントンを下してトップであった。その後の2008年
1月3日に行われた大統領予備選のアイオワ州党員集会では、保守傾向にある下位候補の支持者や20代
の若者などの幅広い層からの支持を集めて、ジョン・エドワーズやヒラリー・クリントンら他の候補者
を10ポイント近い大差で破りオバマが勝利した。

同年1月8日に行われたニューハンプシャー州党員集会ではヒラリー・クリントンに僅差で敗北。
しかし本人は「私はまだまだやりますよ」と今後の選挙戦勝利に意欲をのぞかせた。同月26日に
行われたサウスカロライナ州予備選で、アフリカ系層や若い白人層などから圧倒的な支持を受け
てヒラリー・クリントンに圧勝。CNNでは投票締め切りと同時に「オバマ勝利」と報じるほど
他候補を圧倒した。

この頃、ジョン・F・ケネディ元大統領の娘のカロラインがニューヨーク・タイムズ紙で支持を表明し
たが、スーパー・チューズデーではヒラリー・クリントンとの決定的差はなかった。しかしスーパー・チューズデー後は予備選で9連勝し、一気に指名争いをリードした。その後も優位が揺るぐことはなく、
5月には特別代議員数でもヒラリー・クリントンを逆転し指名を確実にした。

2008年6月3日に全予備選が終了し、全代議員数の過半数を集めたオバマはヒラリー・クリントンを
下し、候補者指名を確定させた。なお予備選の最中に、2006年に次いでグラミー賞朗読部門賞を受賞
している。

知名度

かつては知名度の差でクリントン候補に差をつけられていたが、人を惹きつけるカリスマ的魅力が
あり、遊説を続けるごとに支持者を獲得している。政策は具体性に欠け抽象的・理念的な話が多い
という評価がある一方、演説の説得力はJFKの再来とも形容される。演説の巧みさには定評があり、「We」、「You」を多用した短いフレーズを重ねていく手法を採用している。

また、大統領選挙期間中の資金集めも企業や団体系の献金組織「政治行動委員会」(PAC)から受け
取らず、インターネットを通じた個人献金を重視。200ドル以下の小口献金が全体の45%を占め、
企業団体献金などを重視したクリントン候補を予備選挙の後半戦で引き離した。




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